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三志士が使っていたグラス ~周布政之助ワイングラス~

2010.03.03 (Wed)

萩ガラスというのは、歴史と稀有な特徴のある、個性的なガラスです。

この萩ガラスをご紹介する第3回目
第1回目2回目はこちらから)。

今回は、三志士愛用のグラスのうち、
周布政之助ワイングラスについてご紹介します。

◆周布政之助ワイングラス

sufu3 周布政之助については、
あまり知らない方が多いかもしれません。
藩校明倫館で学び、実直な人柄で人望を集め、
長州藩の財政再建や軍政改革、
殖産興業などの藩政改革に尽力した人。

1823年生まれなので、1839年生まれの晋作よりも上の世代です。

尊王攘夷に向かう長州の若者たちの
はやる気持ちをある時はなだめ、ある時は匿い、ある時は応援するなど、
面倒をよく見てあげていた人です。

吉田松陰が幕府から罪に問われて長州に戻されたときには庇護し、
彼が弟子を集めて松下村塾で教育するのを許し、
井上聞多(馨)や伊藤俊輔(博文)をはじめとする長州ファイブを海外に送り、
高杉晋作を上海に送って現地を直に見せたことなど、
とても要職にあった人間がやることとは思えない事を成し遂げています。

一方では無類の酒好きで、
お酒にまつわる失敗談は尽きなかったとも言われています。

政之助の次男・公平氏が保管していた
遺品のグラスにはワインの澱が残っており、
政之助はこのグラスでワインを飲んでいたことがうかがい知れます。

そのグラスを復刻させたのが、こちら

sufu_glass2


sufu_kakejiku桂小五郎からは、
「君子はしっかりと天地を見定めるが、
酔眼のごとき小人はそれもできませんよ」(意訳)
という色紙を贈られ、
酒癖の悪さをやさしく諫められています。


現代風に言えば中間管理職の立場。
上からの圧力と、部下たちのハチャメチャぶりの間で、
酒でも飲まなきゃやってられない気持ちだったのかもしれません。

政之助は、あの当時ワインをたしなんだ様に、
自由な考え方を好み、新しいことに挑戦し続けた人物なのです。

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