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萩ガラスの歴史

2009.12.10 (Thu)

先日「Rain on the Roof」で開催された展覧会では、
多くの「ガラスファン」「幕末ファン」の方に見に来ていただき、
ありがとうございました。

萩ガラスというのは、歴史と稀有な特徴のある、個性的なガラスです。

ここで、簡単にご紹介していきましょう。

◆萩ガラスの歴史

~幕末の長州で興ったガラス~

長州藩の科学者で、蘭学者・翻訳家・通詞でもあった中嶋治平が、
1859年(安政6年)に、萩の殖産振興のため
ガラス製造の必要性を唱え、
藩主・毛利敬親に建白書を提出し、
翌年の1860年(万延元年)萩ガラスの製造がスタートしました。

製造所は八丁南園内に設置され、
吉田牢判江舟山から産出する水晶石を原料として盛んに製造されました。

萩ガラスの透明感ある美しさは朝廷や公家等からの評判が高く、
薩摩の島津公も非常にご愛玩になられ、
その製法を尋ねたり、職人の貸出要請があったほどなのです。

しかし動乱の時代にあって、
中嶋治平の病死と、製造所の火災という不運が重なり、
萩ガラスはわずか7年でその幕を閉じてしまいました。

~幕末の志士も愛用~

わずか7年の間でしたが、
長州藩では萩ガラスは盛んに作られ、
高杉晋作、大村益次郎(村田蔵六)、周布政之助らが愛用していたグラスが、
現在でも残っているのです。

なんてロマンチックな話ではないですか!

幕末の風雲の中、
彼らは萩ガラスのグラスに酒を注ぎ、
攘夷論を交わしていたのでしょうか?

もしかしたら、歴史上に残る出来事が話し合われた席に、
これらのグラスがあったかもしれません。

萩ガラス工房では、この3志士が使っていたグラスを復刻しました。

左から、高杉晋作グラス、大村益次郎酒盃、周布政之助ワイングラスです。

0210_3shu2

次回は、3人の志士が愛用していたグラスにまつわるお話を
ご紹介します。
17:38  |  萩ガラス  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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