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MissionⅠその2 松陰先生が下田で過ごした日

2010.04.19 (Mon)

東京は、昨日今日と、やっと晴れました。
今日は、まっ白いシャツで出勤の夏みかんです

さて、先日途中までご報告した「MissionⅠ」。
今日はその続きです。



浦賀、そして長崎でも、
ペリー艦隊とすれ違ってしまった松陰先生は、
“3度目の正直”で、下田に停泊中のポーハタン号に乗り込むべく
嘉永7年(1854年)3月5日に江戸を発ち、
18日、伊豆半島にやってきます。

当時皮膚病を患っていた松蔭先生は、
下田のちょっと手前の蓮台寺温泉
(現在の伊豆急下田駅のひとつ手前「蓮台寺」駅付近)
の共同湯(上の湯)で、湯治も兼ねて
夜を明かそうとしていたのだそうです。

その温泉がこちら!

松陰下田3

共同湯は、そのままに現在も街の方々が使っていて、
視察の日も、石鹸の香りと共に、
おじさん達の楽しげな会話が漏れていたとか。

前を通りかかると、
ちょうど扉ががらりと開いて、湯上りのおじさん登場。

『ここは松陰さんも入ったお風呂なんですよね?』との質問に
『そうだよぉ、下田はいい街でしょう?』と、
何ともいい笑顔を返してくれたのだそうです!

松陰先生の入ったお風呂か…

お手本にしたいような人がいると、よく
「爪の●でも煎じて飲め!」って言うけど、
このお風呂に入ったら、
松陰先生のような、時代の先を読んだ考えができる人になれるかも…


この温泉の向かいには、医師の村山行馬朗が住んでおり、
その好意により松陰先生は、乗り込む27日までの数日、
村山邸に身を寄せていたそうです。

松陰先生が潜んでいた村山邸がこちら!!

松陰下田1

ここは村山邸の母屋だった建物で、
松陰先生が潜んだ2階の隠れの間などが、
当時のまま保存されていました。

そして、松陰先生が使用していた
硯箱や机なども展示されています。


3月27日深夜、決意むなしく乗船を断られて
岸へ戻された松陰先生と金子重輔。

自ら自首して、
その後4月11日に江戸伝馬町の獄へ向けて送られるまでの数日を、
下田の獄で過ごします。

それが、今は廃寺となった長命寺。
中央公民館と下田市教育委員会館の前には、
その史跡が残されています。

松陰先生が下田とその近辺に滞在したのはたった1か月弱でしたが、
たくさんの資料が残されていて
本当にびっくりです!

それだけ、松陰先生の行動や考えが
人々に与えた影響は大きかったということですよね!!

そんなわけで、
ぜひぜひ一度、下田を訪れてみてください。

願わくば、黒船祭でお会いしましょう!!

15:30  |  未分類  |  Trackback(0)  |  Comment(0)

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